妊産婦総合対策事業費
妊産婦総合対策事業費は令和2年度に開始された事業です。いわゆる「コロナ禍」において、妊婦の分娩前にPCR検査を実施、妊産婦へのケアを行う為の費用とあります。
この事業は、コロナウイルス感染症が「5類感染症:普通の季節性インフルエンザと同じ扱い」になったことで、令和5年の9月末をもって廃止されています。ただし厚生労働省の発表は令和5年5月8日でした。 なぜ4か月以上も対応が遅れたのでしょうか?
事業内容としては、2万円を上限にPCR検査費用に対して、助成を行うものでした。
個人的には、あの「コロナ禍」でよく理解できたのは、あれだけ国民から社会保険料・国民健康保険料という名の実施税金を徴収しておきながら、ただの検査費用に助成金を手配しないと機能しない、その程度の医療制度・医療体制だったということが露見したことでした。
いままでの日本が行ってきた保険医療制度が、国民の健康と福祉を守るためのものではなく、ただの既得権益層にとって、おいしい制度であったことが証明されたと思うのです。
記憶に新しい方も多いと思いますが、ワクチンの生産体制の不備、マスクの配布(転売対策の不備)、流言飛語の拡散、医療機関の混乱・医師会の非協力的な態度(歯科医師会がワクチンを打てるように緊急対応したのはこの為)などなど、あげればきりがありませんでした。
おまけに、政府は、厚生労働省と政府自民党を含めて、特定の医者へ判断を丸投げして、政治決断ができずに、他国が正常に社会を戻し始めた後ですら、日本はいまだ「厳戒態勢」状態でした。
結局のところ、お上だけで維持されている、今の保健医療制度では、非常時も含めてこれからの時代には合わなくなったということです。やはり減税と規制改革によって民間活用と、なによも国民に余裕を、豊かさをもたらすことが、一番の福祉だと気付くべきです。
「税金を取らない(盗らない)ことが、一番の福祉」

「不幸」を作り出す体制
「コロナ禍」の当時は、医療機関の方々や、患者さん、その家族も含めて、大変苦労されたと思います。個人的には私も家族が入院した時期があり、面会できないもどかしさや、日用品を手渡しすることすらできない不便さを経験しております。
その経験から想像でしかありませんが、妊産婦の方々はもっと大変であり、担当される医療関係者の苦労も相当なものであったと思います。
「コロナ禍」では、臨終の時にすら面会できないと対応された家族が、知人におり、いくら何でも理不尽すぎると憤ったことがありました。
人間を「幸せ」にするためのものであるハズの医療が、家族の臨終の時にも会えないという「不幸」を作り出す、そんな保健医療制度であってはならないと思います。
そうであるからこそ、今後このようなときにでも、柔軟かつ安全に、患者や家族の負担や不安へ対応できる、保健医療制度であってほしいと思います。

目的が達成できたら廃止、これが当たりまえ
この事業の話に戻りますが、新型コロナウイルス感性症の「5類感性症」への移行をもって、事業成果では令和5年9月末に廃止したとあります。
厚生労働省の発表は令和5年5月8日
この感性症の類型の区別については、詳細な説明は下記のリンクを参照下さい。
冒頭でも少し取り上げましたが、政府発表から4か月以上もたって、やっと廃止しています。
当時は確かに役所内も混乱していたのでしょうが、対応が遅すぎると言わざるを得ません。
感染症の検査確認のために事業で、その目標の感染症事態の毒性が緩和された、すなわち事業目的自体が無くなった⇒目的が達成したのだから、すぐ廃止するのが当然です。
なぜこのように廃止に時間がかかったのかについては、説明がありません。事務事業評価では、本来その理由と原因を突き止めて、今後の行政に生かすことも目的の一つであったはずですが・・・
尼崎市では事務事業評価における「検証」が機能していないということです。

初めから取るな
事業費を見ると、費用のほとんどが国の交付金です。確かに当時は未知の感性症でしたから、国が率先して予算を使うことは当然と思います。
しかし、普段は「予算がない、増税だ~、財源が~」といっておきながら、ちゃっかりこんな時には交付金という名前で「税金を」配っている。
何度も言いますが、「交付金は余った税金」です、本来は我々が払い過ぎた税金であり、「盗られた血税」とも言えます。
政府からありがたくバラまかれるものではなく、政府が頭を下げて謙って国民に返却しないといけないお金なのです。
何度でもいいます、
徴収しておいて、配る、そして役所の人件費として、こっそり中抜きするぐらいなら、初めから取るな(盗るな)!

